放射線の「確率的影響」と「確定的影響」、しきい線量って何?
こんにちは。放射線技師のPotetoです。
「放射線って少しでも浴びると危ないの?」「がんになったり、障害が起きたりするの?」
そんな不安をお持ちの方のために、今回は放射線の人体への影響を次の3つにしぼって解説します。
- 確率的影響
- 確定的影響
- しきい線量(しきい値)
放射線の影響には2つの種類があります
放射線が体に与える影響は、以下の2つに分けられます。
| 分類 | 内容 | 発生の特徴 | しきい線量の有無 |
|---|---|---|---|
| 確率的影響 | がん・遺伝的影響など | 線量が増えるほど「起こる確率」が上がる 重症度は変わらない | なし(ゼロでも可能性がある) |
| 確定的影響 | 脱毛・皮膚障害・白内障・不妊など | 一定線量以下では起こらない 重症度は線量に比例 | あり(ただし個人差あり) |

確率的影響とは?
放射線を浴びた量が多くなるほど「将来的にがんなどを発症するリスク」が高くなる影響です。
- リスクは線量に比例しますが、重症度は変わりません
- わずかな被ばくでもゼロリスクではありません
代表例: 白血病、甲状腺がん、乳がん など
出典:ICRP 103 (2007)、BEIR VII Phase 2 Report (2006)
確率的影響に含まれる「遺伝的影響」について
遺伝的影響は理論的には考えられるものの、ヒト集団での増加は確認されていません(主に動物データからの推定)。防護の観点ではゼロとみなさず、正当化・最適化の原則によりリスク低減を図ります。
確定的影響(組織反応)とは?
ある一定以上の線量を浴びると、影響が現れやすくなる影響です。
- 「必ず起きる」わけではなく、発生率が急激に上昇します
- 線量が大きいほど重症度も高まる傾向があります
- 個人差があります(年齢・体質など)
代表例としきい線量の目安:
| 影響 | しきい線量の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 皮膚の赤み(紅斑) | 約2.0 Gy | 局所的に照射された場合 |
| 脱毛 | 約3.0–5.0 Gy | 頭部への照射 |
| 一時的不妊(男性) | 約0.15 Gy | 精子形成一時停止 |
| 水晶体混濁(白内障) | 約0.5 Gy | 累積的な影響 |
| 胎児の器官形成異常 | 約0.1 Gy(100 mGy) | 妊娠3〜8週が最も影響を受けやすい |
出典:ICRP 103 (2007), ICRP 118 (2012), UNSCEAR 2008

補足:しきい線量と「組織反応」
「しきい線量を超えると、誰にでも必ず確定的影響が起きる」と思われることがありますが、実際はもう少し慎重に考えます。 同じ線量を多くの人が受けたとき、集団のごく一部(例:1%)に症状が現れ始める水準を“しきい”として扱うことが多く、個人差や条件によって影響の出方は変わります。
用語整理:「確定的影響」→「組織反応(tissue reactions)」
従来「確定的影響」と呼ばれてきた影響は、ICRPでは近年「組織反応(tissue reactions)」という用語を推奨しています。性質としては、(実務上の)しきい線量があり、線量が増えるほど重症度が増す点は従来の理解と同じです。用語更新の背景には、照射後の生体の反応性(炎症・再生・個体差など)により影響が修飾され得ることが明確になってきたことがあります。
しきい線量(Threshold Dose)とは?
しきい線量とは、これ以下の線量では影響が出ないとされる線量です。
- 確定的影響には「しきい線量」があります
- 確率的影響にはしきい線量はありません
医療放射線検査(一般X線撮影、CT、核医学、血管造影など)において、患者がしきい線量を超えることは極めて稀です。
「しきい線量」の正しい理解(=超えたら必ず起こるではない)
ここで言う「しきい」とは、集団として発生確率が有意に増え始める目安を指します。ICRPでは発生率1%を基準とする実務的なしきい線量が示されますが、
個体差・線量率・分割照射・併存疾患などで変動します。したがって、「しきいを超えたら必ず起こる」という意味ではありません。

検査では通常、組織反応が起こるほどの被ばくはありませんが、IVR(血管内治療)や長時間の透視では、皮膚の一部に紅斑が見られることがあります。
現場では、こうした反応を防ぐため、照射角度を変える・照射時間を記録するといった工夫を行っています。
医療で使われる放射線は安全なの?
医学的に必要な検査は、リスクを最小限に抑えつつ、得られる診断的価値が非常に大きいため、世界中の放射線専門機関がその使用を支持しています。
放射線技師・医師は以下のような配慮を常に行っています:
- 被ばく線量の最小化(ALARA原則)
- 必要部位のみの照射
- 検査不要な場合の回避
- 妊娠の可能性がある場合の事前確認
まとめ
✅放射線の影響には「確率的」と「確定的」がある
✅確率的影響はがん・遺伝的影響など→しきい値なし
✅確定的影響は皮膚障害や不妊など→しきい値あり
✅医療の放射線検査は安全に管理されている
🔗参考文献
- ICRP. The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection. ICRP Publication 103, 2007.
- ICRP. Statement on Tissue Reactions. ICRP Publication 118, 2012.
- UNSCEAR. Sources and Effects of Ionizing Radiation. 2008 Report.
- National Research Council. BEIR VII Phase 2. National Academies Press, 2006.
- 最終更新日 2025/10/5
- 執筆者 Poteto (診療放射線技師/放射線管理士/放射線被ばく相談員/マンモグラフィ撮影認定技師)
- 参考文献
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